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被災者支援ネットワーク釧路の事業運営は、北海道新聞社会福祉振興基金,被災者受け入れ支援基金,公益法人コープさっぽろ福祉基金及び北海道NPOファンド助成金によって賄われています。
2011年9月5日釧路新聞記事
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    JUGEMテーマ:ニュース


    放射能不安抱え帰郷〜支援ネット釧路 資金難も今後を模索
    保養で受け入れ 福島近隣の47名


     東日本大震災による東京電力福島第1原発事故を受け、市民団体「被災者支援ネットワーク釧路」(菊池桂子代表)が放射能の不安が消えない福島県とその隣県の母子を支援しようと、7月上旬から夏休みの保養を受け入れた。その数は47人に達した。
     母親はマスクを着けず、外で遊ぶ子供たちの姿を見守りながら「つかの間の日常」を釧路の地で過ごし、8月末で滞在した人々はすべて、家族が待つ地に戻った。同ネットは資金面での問題も浮上したものの、中長期的な滞在に対応した活動も見据えている。(真貝恒平)


     同ネットは、事務局がインターネットのホームページで希望者を募り、電話やメールで相談を受けた母親に自宅などで一時滞在を引き受けてくれる同ネットの支援者を紹介した。その結果、8月中旬まで受け入れたのが47人に上った。
     釧路市内の60代女性は、自宅と経営するアパートを7月上旬から、福島県や千葉県から一時避難5組14人の母子のために提供した。亡き夫の父が福島県出身で「微力ながら何か役に立ちたい」と同ネットの活動に協力した。
     8月24日に最後の家族を送り出し、閑散としたアパートの一室を眺めながら、女性は「細かい対応までできなかったが、感謝の言葉を残して帰ってくれた」と話す。1ヶ月間、共に暮らし福島県に戻った母子の家族からお礼の手紙が届いた。
     手紙には「子供たちの未来を考えると私たちにやってやれることは何か、答えのない日々」と不安な心境を吐露する文面もつづられている。しかし女性は「いつでも帰る場所はあるよと言いたい」と手紙を大事そうに手にしながら語った。

     弟子屈町で8組21人を受け入れた喫茶店と宿泊施設を兼ねた「川湯ビレッジ」の代表、池上清子さんは「母親が原発問題について語り合うコミュニティーができた」と話す。
     母親たちが帰郷しても情報交換できるブログ「こもりのむら」を立ち上げた。ブログ名は子どもを放射線の被害から守る架空の村を想定しているが、母親たちが思い描く村は、池上さんと過ごした日々だと言う。「母子だけの移住は現実的には難しい。週末だけでも県外に避難できないか模索しています」。福島県に帰郷した主婦は久しぶりに家族団らんの幸せを感じながらも、揺れる母心をブログ上につづる。

     同ネットは福島県だけではなく、関東圏からも一時避難を受け入れた。「被災者」「自主避難」など国が設定した”線引き”ではなく「原発は福島だけの問題ではない」という思いがある。一方で民間団体では十分補えない資金面での問題が大きく立ちはだかった。
     菊池代表は「どこに暮らそうと一つの大切な命。避難した家族と受け入れに協力した支援者は皆、人生の親戚だと思える。中長期の滞在など今後どのような支援ができるか考えていきたい」と話している。


    2011年9月5日釧路新聞記事より

    posted by: 被災者支援ネットワーク釧路 | 関連新聞記事 | 11:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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