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被災者支援ネットワーク釧路の事業運営は、北海道新聞社会福祉振興基金,被災者受け入れ支援基金,公益法人コープさっぽろ福祉基金及び北海道NPOファンド助成金によって賄われています。
平成23年9月24日釧路新聞記事
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    JUGEMテーマ:ニュース

    震災乗り越え 新たな命誕生−福島から避難の大友さん夫妻
    釧路の産院で無事出産「明日への希望」支援者に感謝


     東日本大震災による東京電力福島第一原発事故を受け、産まれてくる子どもを放射能から守ろうと、福島市から釧路市に自主避難している大友道郎さん(38)、美穂さん(33)夫婦に新たな命が誕生した。
     放射能汚染の不安にさらされ、避難生活の果てにたどり着いた釧路。古里への思い、将来の見通しなど不安を抱えながらも、産まれてきたわが子を見守りながら、夫婦は「いつまでも後ろ向きではいられない」と、希望を胸に新たな人生の一歩を踏み出そうとしている(真貝恒平)

     19日午後1時。病院の分娩室に元気な泣き声が響き渡った。2920グラムの女の子。
     初めてのわが子の誕生に道郎さんは「妻がよく頑張ってくれた」と、今まで味わったことのない感情が込み上げてきたという。

     震災のあった3月11日、福島市の自宅アパートで激しい揺れに襲われた。美穂さんは妊娠4ヶ月。自宅は地震の被害は受けなかったが、東京電力福島第一原発で水素爆発が発生。同市の放射線量が一気に跳ね上がり、放射能汚染の懸念が広がった。

     「もうこれ以上、福島では暮らせない」夫婦は古里を離れる決意をし、3月下旬に新潟県湯沢町に避難した。避難先で道郎さんは短期雇用のバス運転手として働き始めた。次の仕事を検討しているうちに、妊婦と子どもを支援する市民団体「被災者支援ネットワーク釧路」(菊池桂子代表)の存在を知った。6月5日に来釧。同団体の支援を受け市内で新生活をスタート。道郎さんは期間が決められた釧路市の臨時職員として働き始めた。この4ヶ月間、道郎さんは多くの人の支援に感謝しながらも、胸の奥に葛藤を抱えてきた。「津波で家や家族を失った人を考えると、本当の被災者は自分たちではない」。自主避難でありながら、「被災者」という枠組みで接する人々に戸惑いを感じたという。そこには「いつまでも甘えていられない」という思いもあった。

     現在の職場も雇用期間が12月までで、その後の見通しは立っていない。「古里に帰れず、張り詰めた中で暮らしてきた妻と生まれてきた子どものためにも頑張りたい」と、新しい家族が加わり、道郎さんにも新たな心境の変化が出始めたようだ。美穂さんは母親らしい柔和な表情を見せながら「福島から避難してきたからこそ、健康な子を産みたいという一心だった」と釧路での生活を振り返る。

     事故から半年余り。夫婦は女児の頭をなでながら「多くの人の支援で無事出産することができた。不安はまだ消えないが、子どもを育て上げたい」と親としての責任を意識している。

     道によると8日現在、福島県から道内に避難してきた人は1888人でその半数以上は自主避難だという。このうち釧路市に避難した人は29人となっている。










































    平成23年9月24日釧路新聞記事より
    posted by: 被災者支援ネットワーク釧路 | 関連新聞記事 | 12:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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