Search
Calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
New Entries
Recent Comment
Category
Archives
Profile
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
被災者支援ネットワーク釧路の事業運営は、北海道新聞社会福祉振興基金,被災者受け入れ支援基金,公益法人コープさっぽろ福祉基金及び北海道NPOファンド助成金によって賄われています。
平成23年12月16日釧路新聞記事
0
    JUGEMテーマ:ニュース

    -釧根2011回顧-取材ノートから
    支援者と心の絆−放射能から未来守る


    市民有志でネット
     「釧路では空気にも土にも触れる事ができる。日常がこんなに遠く感じた事はなかった」。東日本大震災に伴う福島第一原発事故から4ヶ月を経過した7月上旬、2人の子どもと一緒に福島県から釧路市に避難してきた30代主婦が漏らした言葉だ。子どもと一緒に市内の公園で遊ぶ姿が印象的だった。

     放射能の影響から避難した妊婦と子どもを支援しようと、釧路市内の有志が4月に「被災者ネットワーク釧路」(菊池桂子代表)を立ち上げた。同ネットは釧路管内での滞在希望者を募り、自宅などで一時滞在を引き受けてくれる支援者を紹介した。その結果、8月中旬まで受け入れた人数は47人に上った。

     10月には、福島県から避難した30代の夫婦に新しい命が誕生した。2人は元気に泣く女児の頭をなでながら「多くの人の支援で無事出産する事ができた。不安はまだ消えないが、子どもを育て上げたい」と喜びを胸に新たな人生の一歩を踏み出した。

     一方で、原発事故で離散した家族の現実も目の当りにした。避難してきた人、その場に残った人。両者の思いは原発事故で切り離されたままだ。弟子屈町で一ヶ月滞在した福島県から避難した20台主婦は「避難してきても、その場に残っても家族間の衝突がある」と苦しい胸の内を明かした。

     8月下旬、釧路市内の60代の女性のもとに、受け入れた滞在者から一通の手紙が届いた。「子どもたちの未来を考えると私たちにやってやれることは何か、答えのない日々」と不安な心境を吐露する文面がつづられていた。女性は「いつでも帰る場所はあるよと言いたい」と手紙を大事そうに手にしながら語った。

    「人生の親戚」出会う
     事故から9ヶ月が経過した今も原発問題は収束していない。「(原発事故で)こんな出会いは無いほうが良かった。でも釧路に避難してきた人は『人生の親戚』だと思える」。同ネットの助けたい思いが結んだ"絆"が避難した子どもたちの明るい未来につながる事を願っている。(真貝恒平)

    平成23年12月16日釧路新聞記事より
    posted by: 被災者支援ネットワーク釧路 | 関連新聞記事 | 11:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    この記事のトラックバックURL
    http://kyuusai.naoyan.net/trackback/160
    トラックバック