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被災者支援ネットワーク釧路の事業運営は、北海道新聞社会福祉振興基金,被災者受け入れ支援基金,公益法人コープさっぽろ福祉基金及び北海道NPOファンド助成金によって賄われています。
TEAM北海道から「ぐるぐる日記2」転載
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    TEAM北海道からのMLを転載します。いよいよ福島県で相談会・・・明日ですね。
    「やるひとたち」は他人の行動を阻止したりしないものなんだと、感動する報告をいただいています。
    とても励まされます。釧路事務局マシオン

     みかみめぐるの【いのち全国ぐるぐる日記】2012/02/09
    **************************************************************
    郡山の町は朝から雪景色。
    マスクなしで登校する子どもたち、出勤する大人たち、、、
    ホテルの窓から見える光景は切なすぎるくらいに「普通」。

    札幌に自主避難し、今は山梨県甲府在住の小河原律香実行委員長と郡山駅で待ち合わせ。
    彼女の故郷・須賀川方面 で一緒にお知らせ活動をすることが朝になって決まる。
    郡山駅の中でなんと仙台から移動中の冨田貴文さんにバッタリ会う。
    「会うもんだねぇ〜」。握手して別れる。

    小河原さんがレンタカーの手配をしている間、私はマスクをアゴまで下ろして駅前でチラシ配布。
    「相談会があります。良かったらどうぞ〜」。
    マスクをしている若い女性、子ども連れの女性が受け取っていく。

    レンタカーでいざ須賀川市(郡山から30分)へ。
    小河原さんは自分の出身地なので原発事故直後の一ヶ月のことを回想しはじめる。
    「自主避難という形を選択した自分の人生は間違いではなかったなぁ〜」。
    故郷の風景をなぞりながら、彼女は噛みしめるようにポツリとそう言った。

    今日はピンポイントでいこうという事になり「銀河のほとり」によってみる。
    農業をされている責任者の有馬克子さんが中心に切り盛りしている
    オーガニックレストラン&オルタナティブな情報発信基地。
    天井の高い木造の空間はのびのびしていて、店内は実に明るい。
    お店の片側ではグリーンツーリズムの会の方達が15人くらいでなにやら深刻な会議中。
    そんなことには頓着せずに有馬さんと小河原さんが抱き合って再会を喜び合う。

    今回「むすびば・気功チーム」はサミット2日目に免疫力を高めるワークショップを行うが、
    共同運営の「自然医学放射線防護情報室」の橋本俊彦さんたちは、ここ「銀河のほとり」でも快医学の指導をされている。
    「みんな疲れてんの。食べ物に気をつけて、自分でやれる養生の方法を取り入れていかなくちゃね。
    息子の学校の保健の先生に温熱手当をしてあげたら、これはいいって直ぐ保護者の人達に知らせてくれたの。」と有馬さんが笑顔で話す。

    有馬さんたちは「銀河市民放射能測定所」も開設。
    自分たちが畑で作っているもの、普段食べているものがどのくらい汚染されているのかを
    自分自身で知ることからはじめようと地域の人達に呼びかけている。
    「生きていく以上は、何かを食べている。遠くからの安全な食品だけではまかなえない現実がある。
    だんだん慣れていくのが怖いの。でもきちんと測定して、きちんと現実を認識して、自分たちで考えていくこと、
    工夫していくこと、私はそれが大切だと思っているの。」。
    穏やかに語る有馬さんからパワーをいただいた気がした。

    偶然、ハッピーアイランドネットワークの鈴木真理さんがやって来る。
    小河原さんを囲んでまたまた盛り上がり、12日の相談会に自分達もブースを出す、
    チラシは預かるから大丈夫、どんどんちゃっちゃと話しがまとまる。
    「銀河のほとり」でかなり色んなお願いができたので、小河原さんも私も一気に気持ちが楽になる。


    その後、小河原さんのご両親の事務所による。
    昨年5末に小河原さんが札幌に自主避難して来た時に付き添って来られたお母さんと9ヶ月ぶりの再会。
    小河原さん母子はあの時ススキノのコンドミニアムに一時滞在しながら、避難生活をスタートさせるため「むすびば」に支援相談にみえた。
    当時妊娠中だった妹さんは無事札幌で出産し、今はご主人も移住されて一家三人で札幌市民になっている。
    無事お孫さんが誕生してまもなく、お父さんはガンの手術、長女の小河原さんは離婚。
    実に色んなことが起きてお母さんも本当に大変だった。

    最近、ようやくお父さんが移住を決心してくれたと嬉しそうに話すお母さん。
    「やっぱりお孫さんのいる札幌かな?」
    「そうするの、お世話になります、よろしくね」
    娘達や孫を率先して自主避難させた後、お母さんは仕事をしなから病気の夫を抱えて大変だったのに、「この町を去るまでは出来ることは何でもやる」と仰る。
    この母にしてこの娘ありだなぁ〜とつくづく感じた。
    ひとつひとつの家に多くのドラマがあり、それが原発事故の歴史として語られていくのだろうか・・・
    posted by: マシオン恵美香 | 活動報告 | 22:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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